ポニョの舞台「鞆の浦」。江戸時代の面影残す港町へ元テレビマンがシーカヤックで水先案内

村上水軍の末裔・村上さんが手掛ける海からのアプローチ

錨などの港町ならではのものづくりで盛んな鞆の浦で、シーカヤック体験を手掛ける「村上水軍商会」を営んでいる、村上泰弘さん。江戸時代の港町の面影を今に残す鞆の町をシーカヤックから見ることの魅力について、海をこよなく愛する村上さんにお話を伺いました。

坂本龍馬も歩き、ハリウッド映画やジブリの舞台にも選ばれた、鞆の浦

2012年から、鞆の浦でカヤック体験などを主催するツアー会社「村上水軍商会」を運営している村上泰弘さんは、カヤックをはじめて35年。42歳までテレビ局で、日本各地を取材する釣り番組などを手がけてきた村上さんは、鞆の浦の近くで生まれ、帰ってくる度にこの土地の海からの景色の美しさに心を動かされていた、といいます。 鞆の浦は瀬戸内海の中央にあり、室町時代から重要な港町として栄えました。江戸時代に建てられた300年前の港町の雰囲気がそのまま残り、漁船が停泊する港、町家と細い路地など味わいのある風景が広がります。「いろは丸沈没事件」で坂本龍馬も逗留し、この町を歩いたそう。近年では、ジブリ映画「崖の上のポニョ」の舞台になったり、ハリウッド映画のロケにも使われたりしました。

300年前から続く、日本で唯一の港町

「江戸時代の港湾施設には、雁木(がんぎ)、防波堤、常夜燈、船番所、焚場(たでば)の5つの設備が整っていました。現在、これらがそっくり保存されている港は、日本全国でも鞆の浦だけなんです」と、村上さんは教えてくれます。雁木とは、潮の満ち引きに関係なく船を着岸させ、荷揚げをしやすくするために設けられた、船着場や土手にある石造りの階段のこと。村上さんのカヤックツアーでも、雁木を利用して離着岸するそうです。

海からアプローチするべく造られた町・鞆

テレビ局にいる頃から、いつかアウトドア関連の仕事をしたいと思っていた村上さんは、趣味のカヤックで鞆の浦の海を楽しむうちに、真の鞆の浦の良さを紹介するにはカヤックが最善の方法だという結論に行き着きました。「古代から海を中心に発展してきた鞆の町は、海からアプローチすることを前提に形成されてきました。なので、海側から見た海抜0mの風景は、海を愛した古の人々の目線から見た風景そのもの。鞆の魅力を知るには、海からの入っていくのが一番だと考え、シーカヤックによるツアーを始めました」。

鞆を愛する村上さんならではの、ローカルなツアー

村上さんのシーカヤックツアーは、鞆の商店街に店舗を構え、地元の皆さんとも親しい村上さんと一緒に行くからこその体験が待っています。
鞆の浦のガイドツアーでは一日たっぷり時間をとって、巨岩をバックに海に迫り出す阿伏兎観音にお参りしたり、無人の浜辺を散策したり。立ち寄る市場で地元の人と交流しながら食堂を利用したり、時にはカヤックで知り合いの漁師さんの養殖場を訪れ、生海苔の味見をさせてもらったりもすることもそうです。スナメリ鯨が顔を出すなど、季節によっての嬉しいサプライズもあるそうです。説明は必ずご自身で行うという村上さんが、カヤックを操りながら、鞆の浦の歴史や地元民だからこそ知っている話などをしてくれます。 丁寧にアテンドしたいと、5人に1人はサポートガイドをつけるそうです。 アウトドアで食べるご飯の美味しさを経験してもらいたいと、カヤックに乗せて運んだ昼ごはんを無人島に上陸して調理、皆で食べるというオプションもあるそうです。

スイスイと海をいくシーカヤックからの景色

「シーカヤックは、海の上をどこでも自由自在に進むことができるのが魅力です。カヤックでしか停泊できない無人島の小さな浜から絶景を眺めたり。シーカヤックだからこそ、行ける場所や見ることのできる場所があります」と村上さん。小さくて、どこにでもスイスイ行けるカヤックは、ときに周りの船舶にとっては危険な存在になってしまうこともあり得ます。カヤックをはじめて22年、確かな潮流や気象の読み、他の船舶へも心配りをしながら安全にカヤックツアーを行っています。
鞆の商店街に店舗を構えていることで、カヤックに馴染みがなかった地元の人々とも、しっかりとした信頼関係を築いてきました。

地元の人にこそ知って欲しい、海の魅力

ツアー運営において、常時手伝ってくれている若いスタッフは3人ほどいるそうです。漁師が減っている今、観光の街として盛り上げる手伝いができれば、と思っている村上さん。地元の高校生をカヤックガイドとして育て、お父さんが漁師でも海と触れ合う機会がないという地元の子供たちにもカヤックを漕いでもらい、海の良さを感じてほしいと思っているそうです。

いつか世界遺産に選ばれる可能性もある町並み

伝統的な街並みがほとんど手つかずのまま残され、古い遺構が数多く見られる歴史あるエリアは、世界遺産の登録や保護などを行う国際的組織であるイコモスからも注目されているそうです。港の設備だけでなく、海からアプローチする形態が現存する鞆の町並みは、イタリアのベニスのように町ごと文化遺産として保存する価値のある歴史的町並みだと認められています。
「イコモスの人々からは、手を挙げさえすればとも言われているものの、世界遺産になってしまうと町や建物を保全する必要はでてくるので、それを維持していくのが大変だからとの反対意見もあります。苦労はありますが、歴史が残してくれたものを後世に伝えていくのも自分たちの役目。鞆の町は世界遺産に値する町並みが今も残っているということです」

本来の感覚を呼び起こしてくれる時間

村上さんにツアーの醍醐味を聞くと、「海からの鞆の浦を、五感で感じられることでしょうか。風が頬を撫で、波や船舶の音が体に響く。カヤックを海に入れると水の飛沫が顔にかかり、潮の香りが鼻をくすぐる。水に限りなく近い距離で、エンジンのない静かなカヤックで漕ぐと、人間に本来備わっている、原始の感覚が呼び覚まされるような気がします」ということ。現代の忙しい生活のなか、あまり感じることができなくなったこんな感覚を、村上さんと一緒に体験してみてはどうでしょうか。