広島から世界に向けて発信するSUPカルチャー。自然を体感しながら川から原爆ドームにもアプローチ

SUPだからこそ見えてくる広島

原爆ドームを見上げる太田川をSUPで巡り、ひと味違うアプローチで広島観光ができるツアーがあります。穏やかな水面を自由自在に動きながら、緑あふれる広島の川から原爆ドームを見上げる。雁木(がんぎ)と呼ばれる昔ながらの階段から陸に上がり、平和記念公園の中も歩きます。SUPで巡る広島ツアーを提供している西川隆治さんに、SUPだからこそ見える景色や、ツアーに込めた思いを伺いました。

瀬戸内の海への関わりを一変させたSUPとの出会い

ものづくりのまち横川からほど近い、広島市内でアウトドアショップ「マジック・アイランド」を30年経営している西川さんは、「新幹線の駅に一番近い島」と言われている瀬戸内の佐木島出身。「サーフィンをやっているのですが、瀬戸内海の海はスケール感がなく退屈だなと思っていました。それをガラリと変えてくれたのが、SUP(サップ:スタンドアップ・パドルボード)だったんです」。始めたのは10年前のこと、世界的にもSUPが注目され始めた頃だといいます。

あるとき広島市内の川でSUPをやってみたところ、街中での体験なのに、海や山で自然に包み込まれるのと同じくらいの感動が得られたとか。ボードの上から眺める広島の風景は、都会にいるとは思えない自然の中にいる感覚を与えてくれたそうです。なぜだろう、と広島の川のことを考え、調べはじめたそうです。

川との関わりが深かった広島の街・その歴史

広島市は川の多い街。6つの川があり、一級河川である太田川は、そのうちの一本です。元々、広島の人々にとっては、川は生活に密着した身近なものでした。かつて太田川の上流では、たたら製鉄が盛んで、製鉄材を大阪などに運ぶのも大切な川の役目。夏になれば、飛び込んだり泳いだり、水遊びをする子供達の光景も日常の一つで、川は生活にとても近しいものだったそうです。

それが大きく変わってしまったのが1945年8月6日。世界で初めての原子力爆弾が、広島に投下された時でした。「多くの人が川で亡くなったことで、広島の人々にとっては、川との距離ができてしまったのです」。

復興に込めた先人の思いは、川の再興にも

戦後に広島の街が復興される際、川の再興も思いをもって進められました。東京や大阪などの川は、コンクリートで周りを固めてありますが、広島の川の護岸はかつてがそうであったように石垣で再建。江戸時代、川で荷物を運搬していた際に使われていた階段のような雁木を活かし、昔ながらの姿で設備が修復されたのです。それにより、広島の街の印象は他都市と大きく違ったものになりました。川と緑、空の広さが印象に残る美しい街として復興したのです。

大自然の中にいるような感覚になれる広島の川

さて、そんな広島の川でSUPをやってみたいと思った西川さんは、役所や国交省などに許可が必要なのかなどの問い合わせもしたそうです。川でSUPをすることは全く問題ないということが分かり、個人で楽しむうちに、この体験を人々と分かち合いたいと思い始めたそうです。

「SUPの上から眺めると、歩いていく時とはまた違った感覚で広島の街が見えてきます。SUPは不安定な中でバランスを取りながら静かに進む乗り物のため、五感が増幅され、感受性を豊かにしてくれるのかもしれません」。体験ツアーをはじめて10年、何百回とSUPに乗って平和記念公園に行き原爆ドームを見上げていますが、その度に感じる思いは違うといいます。

水の上からだからこその景色、感覚がある

体験コースは約3時間。漕ぎ方のレッスンの後、45分程度をかけて太田川を下り、原爆ドームのそばを通り一度上陸。徒歩で平和の鐘をついて一休みしたら、ゆっくりとスタート地点まで戻る、広島の中心部を一周するコースです。 ツアーは大人数になり過ぎないよう5人で1グループ。ツアーの途中には、広島の街の成り立ちや歴史などの説明もしますが、声が伝わりやすいことや、周辺に迷惑にならないよう、主に橋の下で解説を行なうなどの配慮もしながらツアーを行っているそうです。もちろん、雁木を使って離着岸することになります。

River Do!、広島でSUPの世界大会を

「広島の川が世界的なSUPコースとして認められ、世界中からアスリートが訪れてくれる街にしたいんです」西川さんは夢を語ってくれます。 「SUPは、都市型スポーツとして世界的な広がりをみせています。世界3大レースが行われているパリのセーヌ川、イギリスのテムズ川、アメリカ合衆国のハドソン川には、エッフェル塔、ロンドン・ブリッジなど、いずれの都市も世界的に知られるランドマークがある。そういう意味では、広島には原爆ドーム、そして美しい川があります。十分に世界に通用するSUPコースとなっていく場所だと思うのです」。2019年にはサップマラソンレースも行われ、世界各国から多くの人が参加したそうです。

「リバー・カルチャーのあるカッコイイ街・広島」を目指して

「川は広島の人々にとって生活の場だったのです。レジャーの場として川との付き合いが復活してこそ、復興と言えるのではないかと感じています。その時代にはSUPはなかったけれど、SUPがあったら広島の人はきっとやっていたはずです」。

太田川の良さを楽しむ「River Do!」という活動も行っている西川さん。湘南のサーフィン・カルチャーにあるように、広島にSUPカルチャーが育まれることで、現在、転出率がワースト1という広島の現状を改善することもできるのではないかと考えているそうです。川のそばの住まいから通勤に使ったり、昼下がりに奥様たちがSUPでカフェに行ったりと日常にSUPがある街。しかも、その川の周りには都市であるのに、豊かな自然が広がっています。

「カッコイイ街にしたいんです!豊かな川の文化がある広島の魅力を感じてもらい、この街を訪れる人や住みたいと思う人が増えていったら最高です」 水の上からの新しい発見と、広島のリバー・カルチャーの始まりを体験しに、ゆっくりと漕ぎ出しませんか。体験後には、新しい広島に出会えるはずです。