太平洋を冒険したヨットでのセーリング
米国ヨセミテ国立公園にある大岩壁の単独日本人初登頂や、3年の時間をかけ、家族と一緒にヨットによる太平洋一周航海など、世界の様々な場所で冒険をしてきた山下健一さん。広島県大竹市を拠点に森や海で自然と触れ合う体験を提供している山下さんに、太平洋の航海で冒険を共にしたヨット・オリハルコン号に乗ってのセーリングはどんなものなのかお話を伺いました。
自然に逆らわず、その掟に従う流儀を感じて
「ゲストの方には冒険より楽しさを提供できればと考えてますが、巷にあふれるアウトドアズマンのガイドとはちがい、大岩壁や大海原で命をさらして来た者がガイドすることで、ほんの少し、冒険の香りを感じてもらえたらと思っています」と山下さん。町で暮らしていると当たり前ということが、自然では当たり前でなかったりするのを、クルーズを通じ伝えることができたらと説明してくれます。町で暮らしていたら当たり前のことが、自然の中ではまったく通用しない、そんな大自然の掟と社会の掟の違いを感じられるような時間です。
風の向くまま、心のままに
風向きによって進む方向が違ってくるヨット。そんな風をゲストも山下さんと共に見ながら航路を決めていきます。「広い海原をガンガン走りたい人や、無人島に上陸したり、入江でのんびりコーヒーを飲んだりを楽しみたい人など、セーリングのスタイルは様々です。その日の風や潮の流れ、そしてゲストの要望によって航行を決めていきます」。オリハルコン号は、中国地方で唯一、運輸局の不定期航路航行認可を受けたヨットなので、自由に、風の向くままに、潮にのってセーリングを楽しむことができます。
山下さんが潜って獲ってきた魚で作ってくれたアクアパッツァを食したり、入江に錨を下ろして小休止したり。「日本一周や瀬戸内海を一周する航海の一部を、そのまま切り取ったような時間を感じてもらえたらなと思っています」。
ヨセミテのクライミングの経験から、大竹市を拠点に
山下さんが、冒険総合体験の拠点とする冒険カフェ「オリハルコン」を広島県大竹市に構えたのは2010年のこと。オリハルコンは伝説の大陸アトランティスの、希望を叶える不思議な金属の名前。そして、手塚治虫の漫画『海のトリトン』の主人公が持っている、短剣の名前でもあります。山下さんの原点ともなる冒険への思いがこもった名前は、ヨットの名前にもなりました。そして世界中を渡り歩いた中で大竹を拠点に選んだのは、クライミングの経験から。ヨセミテを日本人で初制覇した山下さんの師匠が、日本に初めて大岩壁の文化を持ち込んだ場所が、大竹市の三倉岳だったのです。
山下さんは現在、山小屋暮らしをしています。「山の掟に暮らし、町を素通りして、ヨットのある海まで行って海の掟で暮らす環境で生活しています。自然に心を置いておくためです」。瀬戸内海は、夏が終わった後の季節にいい風が吹く海。12カ国を回って帰ってきた時、その穏やかな魅力を改めて感じたといいます。
エスプレッソに、冒険が香る
もう一つのこだわりは、エスプレッソ。その追求の旅は、カナダの小さな港町で出会った美味しい一杯から始まりました。その後、太平洋をセーリングしながら最高の一杯を探し続けましたが、なかなか出会うことができない…。世界バリスタ選手権でアジア人で初めて2位に輝いた日本人バリスタがやっている島根県の店に行き、やっと出会った味。その豆を使い、セーリングの途中にアンカーを降ろした入江でコーヒーを淹れてくれます。「セーリングをしてちょっと疲れた時に、コーヒーと共に冒険が香る中で飲むエスプレッソは、街中のものとは全然違います。自然の中の一杯で、コーヒーの味以外のものを感じてもらえたら、と思いながらコーヒーを淹れています」。
瀬戸内の多島美と、入江をセーリングする魅力
セーリングの魅力は、自由なこと。大自然の中、世界中どこまでも行くことができること。お金がなくても、風さえあればセーリングできます、と笑います。多島美で知られる瀬戸内海にも沢山ある入江には、特別な魅力があるそうです。「『世界の入江は俺の裏庭』と思ってしまうような、親密さがありますね。入江に錨を入れたヨットの美しさも、人工物と自然の組み合わせとして最高だと思います」。
自然の声を聞くことで、生まれる思いやり
冒険という言葉は前面に出さないけれど、自然との付き合い方を感じてもらえるようなツアーだと思う、と山下さん。風が変わった、潮が変わった、など話しながら、自分で危険要素を見つけられた時の喜びは格別。そういった時間の中で「夢と自然と冒険心」が揃えば、人間も思いやりがあって自然に溶け込める動物になれるんだ、ということが伝わればいいなと思っていると山下さんは語ります。「それは口に出して言わないけれど、背中で感じてもらえればと。技術や腕力では解決できないことが沢山あり、思いやって判断したり、状況を汲み取る心が生まれることを大切にしていきたいです」。
なんでもない日常にこそ、小さな夢や冒険がある
10年ほど交流が続く参加者やリピーターも多く、友人の口コミでツアーに参加する人が大半だそうです。「実は子供より、大人に体験してもらいたいんです。色々生きてきた大人が、残りの人生で出会える機会を大事にしたい。僕がはみ出し者だからこそ、社会で生きてきた人に参加してもらって、語り合えると嬉しいですね」。 日常の間で起こるセーリング。小さな夢と自然と冒険心で、心の感度を自由に解き放つ体験をしてみませんか。